- 2020/04/27
このYouTube動画は、
古代ギリシャの哲学者
エピクロスの思想について、
ペンギンのキャラクターと
エピクロス本人(に扮した人物)の
漫談形式で分かりやすく解説した動画です。
現代では誤解されがちな
「快楽主義」の真の意味や、
エピクロスが目指した理想の生き方が紹介されています。
エピクロスの「快楽主義」の誤解と真実
現代で「快楽主義」と言うと、
酒や女、贅沢三昧といった
自堕落なイメージを持たれがちですが、
エピクロスの教えはそれとは真逆のものです。
誹謗中傷の歴史
徹底した禁欲主義を掲げるストア派などから、
「毎晩乱痴気騒ぎをしている」
といった根拠のない噂を流されましたが、
実際には非常に質素な生活を送っていました。
質素な食事
彼と弟子たちの食事は
主にパンと水だけで、
たまにチーズがあれば
「ごちそうだ」と喜ぶほど
慎ましやかなものでした。
魂の快楽:「アタラクシア」
エピクロスが追い求めたのは、
肉体的な刺激ではなく
「魂の快楽」
すなわち平穏な心の状態です。
これを「アタラクシア」と呼びます。
苦痛の回避
空腹、喉の渇き、寒さといった
生命維持に関わる苦痛は
避ける努力をすべきですが、
それ以上の過度な欲望は、
(もっと金が欲しい、出世したい等)
心を乱す原因になるため
捨てるべきだと説きました。
足るを知る
必要最低限の生活で満足し、
不必要な欲望から脱却することで、
魂は安定し、真の幸せが得られると考えました。
現代にも通じる「隠遁生活」
エピクロスは、
アテナイに「エピクロスの園」と呼ばれる
小さな家を買い、
弟子たちと静かに暮らしました。
隠れて生きよ
過度に社会や政治に関わらず、
自分の身の回りの平和を大切にする
この生き方は、
現代の
「ミニマリスト」や
「断捨離」の考え方に通じるものがあります。
神についての見解(次回予告)
動画の最後では、
快楽主義の観点から見た
「神」についての考え方に触れようとしています。
エピクロスは
「神の存在を恐れて心を乱す必要はない」
というスタンスを取っていますが、
その詳細は次回の動画へ続く形で締めくくられています。
まとめ
エピクロスの快楽主義とは、
欲に溺れることではなく、
むしろ
「欲を整理して、
心が何にもかき乱されない
静かな喜びを感じること」
を指します。
このYouTube動画は、
前回の動画に続き、
古代ギリシャの哲学者エピクロスの思想、
特に「神」や「幸福」に対する考え方を
漫談形式で解説したものです。
動画の主なポイントを紹介します。
時代背景:ポリスの崩壊と不安
エピクロスが活躍した
紀元前300年頃は、
アレクサンドロス大王の東征によって
ギリシャの都市国家(ポリス)が滅亡し、
巨大な帝国の一部となった
激動の時代でした。
伝統的な共同体が壊れ、
人々が精神的な不安に陥ったため、
「いかにして個人の幸福と心の平穏を得るか」
という哲学が求められました。
ヘレニズム時代の3つの学派
当時、
幸福を追求する代表的な学派として
以下の3つが挙げられています。
キュニコス派(犬儒派)
何も持たないことで、
奪われる不安から解放されようとした。
(「樽のディオゲネス」などが有名)
ストア派
理性によって
欲望を抑え込む「禁欲主義」を徹底した。
エピクロス派
苦痛のない静かな喜び
(アタラクシア)を求めた
「快楽主義」。
エピクロス派の「神」に対する公式見解
エピクロスは、
神について
非常にユニークで
現代的な見解を持っていました。
神は人間に関与しない
もし全知全能の神がいるなら、
わざわざ人間の一人一人の細かい行動
(何を食べるか、どう振る舞うか等)
を気にかけたり、
罰を与えたりするような
面倒なことはしないはずだ、
と考えました。
神を恐れる必要はない
「神が怒っているかもしれない」
「バチが当たる」
と怯えることは、
心の平穏(アタラクシア)を乱す最大の原因です。
エピクロスは、
神は完璧で幸せな存在として
宇宙のどこかにいるかもしれないが、
「人間界のことには無関心なので、
人間も神の顔色を伺う必要はない」
と断言しました。
理想の生き方:「足るを知る」
エピクロスの教えは、
東洋の「老子」などが説いた
「足るを知る(知足)」
という考え方に非常に近いものです。
無理な我慢大会(過度な禁欲)も、
際限のない贅沢(放蕩)もせず、
自然で必要最小限な生活に
満足することこそが、
精神的に豊かな幸福への道であると説いています。
まとめ
エピクロスの哲学は、
ポリスという
「大きな物語」を失った時代に、
神や社会といった外的なものに依存せず、
「自分自身の内面をいかに穏やかに保つか」
を追求した、
自立した個人のための幸福論でした。